教養としての工学


 

井戸端読書会

 

 

日本の電力システムの在り方を考える

 

 

2024年7月3日

NPO法人 次世代エンジニアリング・イニシアチブ


 

 

プログラム

1.趣旨説明  ・・・大来雄二

2.「新時代の電力システム」で議論が必要な諸点について ・・・水本伸子氏

  ☞ 質疑(1)

3.北海道と首都圏をつなぐ800kmの直流送電計画への批判 ・・・長谷良秀氏

  ☞ 質疑(2)

 

 

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講演と質疑

 

1.趣旨説明  ・・・大来雄二

 今年5月に刊行した「新時代の電力システム」を執筆したメンバーが中心になって読書会を企画した。識者から関連する講演をいただき、質疑を通して執筆側として今後取るべき行動を考えたい。

 

 

2.「新時代の電力システム」で議論が必要な諸点について  ・・・水本伸子氏

 

 私はIHIで前半を研究者、後半を経営者として40年間過ごして、今年の3月に退任した。現在はトクヤマ、オカムラと日本製鋼所の取締役。また、本日の講演に関係する二つの公職をやった。一つは内閣府総合海洋政策本部参与会議参与(2016年5月~ 2022年7月) で、この会議は海洋基本計画を作る。海で作るエネルギー、エネルギー輸送などを含んでいる。もう一つは、資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会の委員(2017年8月~ 2023年11月)で、ここでエネルギー基本計画(エネ基)を議論する。エネ基には第4次の途中から第6次までかかわった。
 エネ基はエネルギーの需給・利用に関する国の中長期の計画である。計画はS+3E(安全性、安定供給、経済性、環境)が基本になる。2003年に初めて作成され、だいたい3年に一度見直し、改訂をする。私は2017年に委員になり、第4次の中に入って、2018年の第5次、2021年の第6次の策定に関与してきた。現在は第7次の基本計画を策定している最中である。需要の予測、人口、産業、ディジタル化の動態を見つつ、どんなリスクシナリオがあって、エネルギーミックスや、脱炭素化、資源開発をどうするかなどを決めてゆく。同時に、日本の温室効果ガスの削減の国家目標値を出さなければならず、COPなどの世界情勢と関連しながら日本のエネルギー政策をどうするかを議論する。
 この基本政策分科会には、第6次エネ基当時は9つの小委員会があった。その後。次の5つの小委員会と発電コスト検証ワーキンググループになった1)

• 2050年カーボンニュートラルを見据えた次世代エネルギー需給構造検討小委員会
• 再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会
• 続可能な電力システム構築小委員会
• 長期エネルギー需給見通し小委員会
• 再生可能エネルギー導入促進関連制度改革小委員会

 分科会のメンバーは、分担して小委員会にも出る。今日の読書会テーマにも関係する、持続可能な電力システム構築小委員会に私も入っていた。2022年1月に第3次中間とりまとめを出し、それ以降の活動は行われていない。とりまとめの一つは強靭な電力ネットワークの形成、送配電の強靭化とコスト効率化を両立する託送料金をどうするか。二つ目が電力システムの分散化と電源投資をどうするかで、分散型エネルギーシステム推進に向けた事業環境整備をどうするか、電源投資の確保をどうするか。出席者名簿はエネ庁のホームページに出ているが、委員以外に多くのオブザーバーがいる。
 電力システムの目的は安定供給の確保、電気料金の抑制、事業参入機会の拡大の三つである。改革の柱は広域系統運用の拡大、小売りと発電部門の自由化、法的分離による送配電部門の中立性確保である。

 

1) 現時点で基本政策分科会には次の8つ小委員会がある。
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/kihon_seisaku/index.html : 2024/07/28確認)

• 再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会
• 持続可能な電力システム構築小委員会
• 長期エネルギー需給見通し小委員会
• 電力システム改革小委員会
• 電力システム改革貫徹のための政策小委員会
• 再生可能エネルギー導入促進関連制度改革小委員会
• 電力需給検証小委員会
• ガスシステム改革小委員会

 

 

  「新時代の電力システム」だが、斜め読みで、グランドデザインとあるのでエネルギー政策への大きな期待をもって読んだが、第7次エネ基を策定して何かを大きく変えなければならない時期に、言うべきことが違うのではないかというのが第一印象だった。その後、精読して今日の読書会に至ったが、この本は面白かった。しかし、全体としては誰に何を伝えたいのかが判然としなかった。また、はしがきを読んで「電力システム」と「電力系統」という言葉のもつ意味について、自分の誤解に気付いた。
 電力システム改革というときに皆がどのようなことを考えるか。昨年、日経新聞は3回連続で「電力システム改革、残された課題」を(経済教室で)取り上げた。第1回目は東大の松村敏弘先生が大手電力間の競争は機能していない(2023年5月24日)、2回目は伊藤公一朗先生が送配電網の増強が再エネの普及を左右する(25日)、3回目が竹内純子さんで長期電源計画は国の関与を強化せよ(26日)である。国の関与強化は私の思うところでもある。
 第1章は松田先生が電力システムの誕生から説いていて、非常に良い歴史の勉強になり、これは一般の人や、学生とかにも読んでほしいと思った。その中で、今伊藤さんもおっしゃったが、電気事業の公益性は非常に大事なことだ。

• 交流と直流の今後のシステムとしての選択はどうあるべきなのかを、ぜひ専門家の方に教えてほしい。
• 電力システム改革の中で、大型電源投資が難しくなっている。
• エネ基の委員会の中では自由化による電気料金低減が実現していないことへの反省発言もあった。
• 停電しては困る電気と、停電してもよい電気で料金を区分できないか。
• エネルギー安全保障、安定供給をもっとしっかり考えるべき

 第2章には電力系統は芸術作品と書かれている。異なる絵画を描くように電力系統は異なる、と書いてある。面白かったのはグリーンフィールドでの電力系統デザインの試みで、いろいろな思想で全く異なるものが出てくること。しかし次の諸点はわからなかった。

• どこが異なるのか、どこが放射状でどこがループなのか
• カラーの図は専門家が見ればわかるとのこと(大来さん談)だが、それは違うのではないか。
• 一方向に流れるとか周回するとか、この系統でどうすれば同時刻に需要と供給を一致させられるのかが読めず、難しかった。
• 第4章の無効電力制御で、同時を担保してあると書いてある。東西の電力融通をどうするのか、二重外輪にすればよいがお金がないともある。電力系統は、停電を起さない、電力を融通させる、発電所の配置を電力系統側から描いて、電力のあるべき姿を示すこと、それは芸術ではなく、思想ではないか。
• 思い付き的だが、原発と火力と再エネがあって、こんな系統にすればうまく行くのだというような絵が描けないのか。
• 今、原発が止まっていて原発から送るべき送電はどうなってしまうのか。

 第3章に移る。北海道の系統崩壊の話は、IHIに勤めていた私にとっては非常に身近な問題だった。この地震が起きた時、IHIは苫東3をやっていて、いち早く現地に入って復旧させ、感謝された経験がある。泊は止まっていた。北海道の系統崩壊から何を学ぶか、そもそも北海道は泊原発と火力等のエネルギーミックス、その発電所の場所の配置とか連系線は関係していたのか、それから当時どこにも言われなかったが、室蘭の製鉄所の自家発が動いていて、これがずいぶん助けたとの話は重要だと思う。

• 今後は北海道の系統には風力発電が入ってくるはずで、その中で系統離脱とか配置とかをどう考えれば良い系統になるのかを聞いてみたい。
• 北海道と本州の間の海底ケーブルの問題だが、現在北海道と東北の間は直流送電の海底ケーブル、これは陸地がないので他に選択肢がない。これは交流ではダメなのか、その点がよく分からなかった。
• データセンターが急増するが、どこにあっても情報が送れればよい。かって石油コンビナートが国の施策で沿岸地域にいくつか作られた。データセンターをゾーニングしてこの地域に作りこの系統に入れなさいといったことが、グランドデザインにつながっていくのではないか。
• 蓄電池、マイクログリッド等を含む系統を、崩壊から得られた知見として提案してもらいたい。

 第4章。電力の自由化と人材、専門家の育成。私はエネルギー機器を作るメーカーの人間として、エネ基の中で将来人材の問題とか、原発を作っても動かさないなら動かせなくなるといったことを、常に主張し続けてきた。仕事に関する使命感が薄れてきているのではないかとの問題提起がされているが、今、人の価値観も働き方もすごく変わってきている中で、学生を見ても会社の新入社員を見ても、使命感に頼っていてよいのかとの思いがある。公益という意味では、ビジネス環境の変化で、公益という言葉自体が通らない世界に来ていて、投資をしてもらうにもプロジェクト資金を獲得するのにも利益が重要。IHIとして公益だからやりたいとの話は通らなくなっている中でどうするか。

• ビジネス環境の変化については、グリーンであることがビジネスの基本になっている。それを動かしているのはモノを作らない人たち。その中で何かを言わなくてはならないのではないか。
• 品質の問題。いま企業の中で、結果や、ガバナンスの問題が強く言われていて、その締め付けが逆に人材を劣化させているのではないかと危惧している。今回の株主総会でも品質問題対応が問われた。しかし品質問題で、どこに問題の本質があるのかが検証されていない。たとえば納期が間に合わないという問題がある。たとえば(データが)ばらつくと嫌がられる。ばらつきは実験している者にとっては当たり前だが、それを言うとうるさがられる。原発事故時の避難経路が定まっていなかったとの問題でも、原発政策を進めていく中で、原発は安全であって避難経路などは言ってはいけなかった。その中で間違えが起きていると私は思う。
• 電源系統で負荷の性質が変化しているとの記述があった。質が変わってきているとしてそれに対応するシステムはどのようなものなのかの技術面を知りたい。
• リニア中央新幹線。超電導磁気浮上。これは何のためなのか。もう一つの新幹線を早く作りたい、新しい技術を社会実装したいということで進められてきたと思うが、災害時に役に立たないのではないかと心配している。電力を3倍消費すると書いてある。超電導磁気浮上だからそうだと思うし、時代に逆行していると思うが、そのような疑問はどこからも出てこない。
• 大学とか会社におけるリベラルアーツ教育をどう進めるかも大きな問題だと思う。
• CPIを腐敗指数と表現しているが、それはおかしい。CPIは腐敗認識指数。

 第5章は一番期待して読んだところ。

• 新時代の電力システムを考えるということで、グランドデザインで政策の全体構想の参考になるようなあるべき電力系統を提案していただけたらと思う。
• ハードウェアとソフトウェアの両方が必要なのはそうだとして、その接点は具体的にどうなっているべきなのかを教えてほしい

 

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<質疑(1)

Q(大来):

私は政府の委員会は技術が分かっている人を軽視しているのではないかという気持ちが強い。私の誤解だろうか。

A(水本):

そのようなことはないと思う。幅広い分野から委員が出ている。業界代表で出ている委員はあまり本音でものが言えないところはある。技術を軽視しているというよりは、それを集めてまとめたときのエネルギー政策として、何をどのようにという検討をしている。どうしても技術をという場合は、小委員会で専門家を招集して話を聞く。私も持続可能な電力システム構築小委員会に出ていたが、お金の話が中心で、技術についてはあまりにも専門的なので別に会を作って検討するとのことだった。小委員会のメンバーには技術の話は難しかったかもしれない。

Q(大来):

日経の本庶佑先生の「私の履歴書」に総合科学技術・イノベーション会議の話がある。「霞ヶ関の中で仕事をして分かったが、役人が発言権を持ちすぎる。美辞麗句を並べ、どこか夢を語るようにして、政治を動かそうとする。」 このような文章に私はしっくりくる。だから敢えて質問した。

A(水本):

私はそうとは思わない。やはり(お役人は)政治家を動かさなければならない人たち。あれだけの長期政権の安倍政権でさえ、原発を動かすと言うのはまずいということで、言わなかった。今回、岸田さんはそれを言った。そういうところにはたいへん忖度が働く。委員会のメンバーの想いはそのようなエネ庁を支援しようとのことである。

C(大来):

執筆者から発言をお願いする。

C(関根):

この電力システムと電力系統というのは悩みの種で、英語なら両方ともpower systemだが、しいて言えば日本語の電力系統と言うのはgrid、電力システムがpower systemと解釈すれば、何とか辻褄があう。細かなことを言えばきりがない。さしあたりは松田さんが書いているように漠然と理解していくしかないと個人的には考えている。いつでも議論にはなるが、このことにあまり時間を使っても仕方がない。松田さん、意見は?

C(松田):

先生がおっしゃっている電力系統はフィジカルなもので、グリッド(grid)やネットワーク(network)に相当する。「電力システム改革」と言ったときに問題が政治化した。その場合、電力システムはフィジカルなネットワークを指していない。問題は電気事業、電力供給の全体をどう統御していくかになった。電力システムはフィジカルな電力系統を指している場合と、社会的・政治的なものを指している場合があると、私は理解している。
 カサッザがなぜ6層構造と言ったか。ネットワークという言葉を特別視して6層にあてつつ、1層をフィジカルネットワークとした。それを統御・制御するICTの部分があり、燃料のサプライチェーンがある。そこまでが通常は学問の対象であり、通常は電力会社がオペレートする。それに対して、電力システムを公益的電気事業として立ち上げたサミュエル・インサルの時代に戻ってみると、ビジネス主体、インベストメントの対象、行政制度、マネーフローが別に乗った。これからは炭素税等も乗ってくる。それら全部を6層として理解しないと社会システムとしての電力システムを理解できないというのがカサッザの筋立て。電気工学者が中心にいてエンジニアリングがなければ、物理法則を無視した電力系統はあり得ないから、6層のうちの3つはそこに重点が置かれる。それからビジネス、インベストメント、これが指摘していることは非常に重要なことである。本書第1章で述べたサミュエル・インサルと松永安左エ門は明確な形で連接しており、8頁の1,2,3と9頁の①~⑥は完全に照合状態にある。これは米国から日本に移植されたものであるということが、歴史的に証明できる。パプリック・インタレスト、それからパブリック・ユーティリティ、公益事業という概念は、サミュエル・インサルの時代の1898年の段階で完成されている。サミュエル・インサルが言った公益事業のとしての電気事業には重要な4つの柱がある。
 水本先生がおっしゃった総括原価方式でないと完遂できないようなシステム運用、社会システムなのだとの点は、私は心の中では思っていたが口に出すことはなかったので、明確な形で伺って非常にショックを受けた。総括原価方式というのは無くなったわけではなくて、電力系統の部分では残っている。しかし電力システム改革の中で変わってきており、シンプルな方が良いのに複雑化してきている。1995年に電力自由化が始まり、来年の2025年で30年になる。外圧があったにせよ、日本人の衆知を集めてやったこの電力自由化が、30年経って何が変わり、何を得たのかをもっともっと議論したいと思っていた。30年間のΔ(デルタ)は何だったのかとの思いで、この第1章を書いた。

C(大来):

1章の論点はたくさんある。工学技術的には無効電力とか、交流と直流ってなんだ、何で海底は交流じゃいけないのか、公益・公共という言葉をもっと議論する必要があるのではないか、電力のマーケットと炭素のマーケットがくっつくようになってきたがどうなっているのか、電力料金は一律でよいのか、エネルギー安全保障の話などなど、いろいろある。6層構造について一言だけ補足すると、電力システムもインターネットシステムも一緒。インターネットでも物理層があり、そこに信号が流れているというところから、上の方に行けばサイバーセキュリティとかランサムウェアとかの話になる。でもお金がないとできない。スターリンク(米スペースXが提供している衛星インターネットサービス)のような、お金と意思がないとできない。全部電力システムと同じようなものだが、今は電力システムの事業者側が非常に不自由になっている。自由な事業行動をとることを妨げられている。これで将来が開けるのだろうかの問題があると思う。

C(鈴木):

2章は堅苦しい章になるのでカラーにして目を引こうという意図もあった。芸術作品との言葉を使われたのは関根先生。私は関根先生の研究室を出たので、ずっとそういったことで電力系統を見てきた。それをベースにしてこの章を書いた。やっていて分かったのは、電力系統の計画者は暗黙知をけっこう持っているということ。それが系統の成長に合わせて表に出てきて、個性的なネットワークが出来上がっている。この章は「電力系統」が中心。
 第3章も中心は電力系統。大停電は日本でも何回か起きているが、自由化の前の電力会社は非常にオープンで、国もそれに協力してくれていた。昔はエネ庁の中に技術課があって、幅広い視点で電力系統の将来を見ていたが、いつの間にか技術課がなくなり、私の言うグランドデザインをするセクションがなくなったということだ。こういった系統の大停電が起きたときに、自由化の前は東電の停電の時も、東北電力も、関西電力もみなオープンだった。電力会社もメーカーも大学も国も、一緒になっていい系統を作ろうということで議論してきた。ところが残念なことに、今回の北海道のケースでは全くそれがなかった。国は国で勝手なことを言う。世耕さんが、分かってない人が勝手なことを言う。それが電力会社の首を絞める。電力会社はそれを知ったがために、データを出してくれない。事実を明らかにしてくれない。この辺を今回はこの章で指摘させてもらった。これからはもっとオープンに、自由化の中でどんなことができるのかは分からないが、産官学民、皆一緒に系統を考えていきましょうというのが3.1と3.2。
 3.3は、後で長谷さんの話にも出てくるが、これからいろいろ出てくる自然災害と軍事的脅威。日本はこの軍事的脅威への対処が全くないので、こういったことを考えて電力系統が崩壊しないようにするには我々は何をしたらよいかをまとめた。ここでは忖度の話が出てきて、それは4章の大来さんのところにもかかわる。
 5章は、本当は時間があったらもっと議論を深めたいところなのだが、今回だいぶ差し迫って本の発行をしないといけないということもあったので、ちょっとつまみ食い的なところもある章になった。Utility3.0は岡本浩さんが中心になって提案された素晴らしいコンセプトだと思うが、これだと限界があるのではないかと私は見ている。Byond Utility 3.0を考える必要があるだろうということで、新しい5つのDを私は考えた。今までは問題には簡単なものと複雑なものがあった。これからはウィキッドな問題、いやらしいとか分かりにくい、問題自身が分かりにくい状態になってきたときに、我々はどういうふうに対処したらよいのだろうか、それをここで考えてみようということだ。そういった視点から見たときに進化の考え方が大事ということで、5.3に書いた。
 進化については過去の歴史を系統化してそれから将来を予測する時間的な流れと、ミクロからマクロという空間的な視点、その両方を持っていなくてはならないということで、私は2章、3章、5章を書いた。

C(大来):

この本を読んだある電力の中堅の人が、東京電力、関西電力、中部電力の系統の違い、自分の会社の系統の考え方を初めて知ったと言っていた。

Q(水本):

その違いを説明してほしい。

C(松田):

6層構造について大来さんの方から他にもシステムがあるとの話があった。大体同じような構造をもっているが、電気の場合には、これは私が指摘するまでもないが、同時同量(電力はそれを必要とするとき瞬時に供給する)という物理法則が支配している点を忘れてはならない。この点は公益を考えるときに政府の方も民間の方も常に意識する必要がある。これが意外と忘れられてしまう。サミュエル・インサルは電気事業の草創期に、次の趣旨のことを言っている。良いサービスというのはほかの公益事業にはあるが、電気にはそれがない。なぜかと言うと、悪いサービスというのは停電することであって、停電することは社会を停めてしまうこと。良いサービス、悪いサービスをといって求めることはできないし、同時同量の中で変化は光速で伝わるから、何かが発生すると瞬時にすべての個所ですべての現象が同時に起こる。このことを忘れて他の公益事業とのアナロジーを云々するわけにいかないということだけは申し上げておきたい。

C(伊藤):

一言。私はこの本を熟読した。非常に勉強になったが、疑問点も非常にたくさんあった。電気って複雑なんだなと認識を新たにした。私は科学技術予測、しかも30年間予測の研究をしている者なので、鈴木さんが書かれたP.167の下の未来予測のところはかなり響いた。「こうした歴史の系統化を、多方面の専門家、市民を交えて実施したうえで」やらなくてはいけないということで、「本書がそうした未来の予測につながることを願っている」と書かれている。私は今電力についてデルファイ調査、アンケートを実施中なのだが、電力システムについてのトピックスもいろいろ入っているのだが、その結果をまとめて何らかの形でお見せ出来たらと思っている。

C(大来):

予測調査は電気学会会員にも来ている。

C(伊藤):

ここにいる皆さまにもNISTEP(科学技術・学術政策研究所)のホームページからアンケートに入って、一問でも二問でも答えていただけるとありがたい。

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3.北海道と首都圏をつなぐ800kmの直流送電計画への批判   ・・・長谷良秀氏

 私は大学を卒業してから東芝と、最後の頃は電線会社で、一貫して電力関係の仕事をしてきた。今も多少は電気につながっているので、そういう意味では半世紀を超えて60年近く電力を一貫してやってきた。
 2月に公表された800kmの直流送電計画だが、「策定された」という文章を見て驚いて、内容に全く納得がいかないということもあるが、もうひとつにはこれにはどう見ても当事者であるはずの電力会社のにおいが何もしないことがある。永田町かどこか、要するに中央部のほうから降りてきて、エネ庁が中心になって計画をされて、こういうことで行くのだということで先に目的ありきで、OCCTO(電力広域的運営推進機関)が実際の作業をやって、それでお墨付きが出た。そういう感じではないか。でも、電力会社はタッチしていないのではないか。メーカーとかそういったところもあまりタッチしていないのではないか。その辺が非常に気になり、実は電気学会に技術的な面だけ投稿した。そうしたらリジェクトされた。個人的な意見は会誌には載せないとのこと。しかしほっておけないとの思いでいた。今日、このような場をいただいた。
 ここに昭和63年に刊行された本がある。資源エネルギー庁が中心になって、直流送電技術検討委員会というすごいのができている。これをやろうという上の方の委員は東京大学の山田直平先生が委員長になったメンバーだったが、実際のワーキング作業のリーダーは関根先生。このワーキンググループの下にサブワーキングが三つでき、私はそのうちの二つのヒラ委員になった。報告書は「直流送電と系統問題」というタイトルで出ているが、これは文字通りエネ庁が中心になって、電中研も全電力会社もメーカーも網羅されて、がっぷり四つで当時の技術の粋を集めたすごいメンバーでまとめている。この本とこのたび「策定された」計画の違いを先ず申し上げたい。
 私の話の論点は二つである。①北海道と本州を直流送電2GW、200万kWの海底ケーブルで計画するという案に対する技術的批判、②北海道・東北・東京電力の系統の現状を踏まえた代替案の提案である。
 ①に関しOCCTOからはA,B,Cの三案が公表されたが、本案は札幌の近くの日本海側の尻別から秋田まで420キロ、さらに秋田から東電の柏崎、新潟の南の方まで、合計800キロを海底ケーブルで這わせる方式である。問題点を六つ挙げたい。ケーブル自身が難しく高いリスクがあること、敷設がたいへんなこと、事故が起きた時の事故点検出(評定という)が極めて困難であり、評定できなければ全ケーブルの放棄もあり得ること、事故点修理が困難であること、うまく運用できたとしても想定寿命後には放棄しなければならないことである。これらを経済的な理由、技術的な理由、あらゆる面で考慮しているのだろうか。更にはこの計画を推進することによって、地上側で本来必要とされている系統強化計画が全然遅れることになるのではないかとという問題、それが②になる。まず①を述べよう。

<ケーブルの高難度・高リスク>

 海底ケーブルの製造品質を高く保つことは難しく、リスクがベラボーに大きい。昔はOFケーブルという油含浸の紙を絶縁体にしたケーブルを使ったが、今は20数ミリの厚さのプラスチックを絶縁体にしたCVケーブルを使う。機械的な強度(硬さ、圧縮強度、引張強度、ねじれ、曲げ、剪断応力)、耐熱性、腐食性、冷熱性、伸縮性などが優れているからである。通信も光ファイバーの海底ケーブルを使うが、電力用ははるかに重く1mあたり50~60kg、あるいはもっと重くなるだろう。それが海底で800kmつながることになる。
 きちんと絶縁できないと電力を送れないので、プラスチックの絶縁体を中心に、その技術を説明する。プラスチックは60度以下だと、常温だと硬い。60度になるとゲル化してくる。120度から130℃くらいになるとさらに柔らかくなって、ほとんど液体になるが、130度を超えるとすぐに焼けてしまう、そういうデリケートなものである。ケーブルを製造するときには、1分間で50~60cmの速さで芯線を送り、溶けたプラスチックを押出機で押し出して均質で等しい厚さのプラスチックで被覆し、冷却して固化させて巻取機で巻き取ることになる。機械の連続運転の限界から1本の長さは3000m程度になろう。完成したケーブルは両端を切り取って様々な試験をするが、中間部分、すなわち実際に使われる部分は運転電圧の2倍の交流電圧を一定時間かける試験しかできない。インパルス状の電圧もかけたいが、ケーブルの電気物理特性上、それは不可能である。ケーブルは不十分な試験しかできないこと、それは他の発変電設備との決定的な違いである。プラスチックはムラ、焦げ、ボイド(気泡)ができやすいが、製造品質を高く保つことに最善を尽くし、後は現地で使ってみて使えれば良しということにせざるをえない。そのようなケーブルを何百本、何千本と製造し、海に沈めて使うことになる。技術にゼロリスクはないから、ケーブル1本当たりのリスクを想定したとして、その何百倍、何千倍のリスクが海の底に沈んでいく。

<敷設工事>

 ケーブルの接続部がこれまた厄介である。元々が設備的にものすごくデリケートなものであり、それ以上に、接続する作業が超名人芸、熟練を要する。よく架空送電線の建設にとび職の方が少ないから送電線が作りづらいとの話を聞くが、その比ではない。とび職にも大変な技量と経験がいるが、海底ケーブルの接続はもっとすごい名人芸。技術者不足の中で、特殊技能を持った人を何人も確保、育成し、悪環境の中で何百本、何千本を接続しなくてはならない。
 海底敷設は難しい。計画では300mくらいの深さまで想定されているようだが、まず地形的なキーワードとして不等深度、傾斜、断崖、凹凸、断層崖、海底谷がある。地質は泥や砂や岩石いろいろである。静的応力には自重、引張、圧縮、曲げ。動的応力には自重、電気応力、熱伸縮、水圧、潮流、不等沈下、地滑り、堆積、底床流失。要するに埋めたはずが宙ぶらりんになってしまう。それから地震だとか津波、断層活動、引き網。北朝鮮という話もないこともない。それから化学的劣化。そういうたいへんなものである。地上で台風が来るとどこかで地滑りが起きる。海の中を想像してほしい。ものすごい水圧と潮流、地震がなくても津波がなくても、ものすごい悪環境である。自然の驚異は地上の比ではないということは頭に入れておかなければいけない。

<事故点評定>

 事故が起きたときに、その事故点を見つけること(事故点評定)も難しい。計画に示されている高圧マレーループ法とかパルスレーダー法は、調査依頼を受けたNEDOがおそらく文献調査でヨーロッパではこういう方法がある等を報告したもので、その資料も公開されている。資料にはこの二つの方法で数100kmのケーブルで事故点評定が可能と書いてある。これらは事故点で絶縁が破れ、導通状態が継続している場合に適用できるが、絶縁層が抜けてアースしても運転電圧がなくなると、絶縁が回復する場合がある。そうするとたとえばマレーループ法で小さな試験電圧をかけても検出不能である。これらの方法自体はそれこそ100年も前からあるが、短い陸上ケーブルであっても簡単ではない。ましてや事故点は長距離の海底ケーブルにある。事故点評定に失敗したとしたら、それは事故を起こした場所が分からないということだから、全ルートにわたってケーブルを放棄せざるを得なくなる。プラスチックは経年的に劣化する。電圧をかけ続ければ、それに特有なトリーと呼ばれる、高電圧技術者ならだれでも知っている、劣化現象を起こす。

<修理>

 修理も大変難しい。NEDOの調査報告にもこれだけの深さでやった実績があるといったことが描いてある。しかし修理不能のケースも大いにあり得るだろう。故障点が仮に分かったとして、7000トン級の船を用意できたとしても、修理に失敗するリスクはある。

<寿命後の放棄>

 2月に公表され計画には寿命に関する記事がない。海底の場合、寿命が来たら、あるいは事故等で修理できなくなったら、その線路を放棄することになる。陸上の送電線の場合は、イニシャルコストの大きな部分を占める用地はそのまま残る。海底ケーブルの場合には、確かに用地代は要らないかもしれないし、多少の補償で済むかもしれないが、寿命が来れば、あるいは事故があって壊れれば、その時に全部捨てることになる。そこに更新という言葉はない。海底ケーブルの場合、更新は新設と同じである。

 ヨーロッパでは500km前後の海底ケーブルがいくつか実用されている。しかしこれらの実用例は、全部海底が平らな海盆であって、日本海側の海底と全く異なる。そもそも接続したい二地点の間には海しかないので、海底を通さざるを得ない。日本の場合、北海道と東京を結ぶ間に海は30kmしかない。それを何でいろいろ問題だらけの海を通すのか。何で陸を通さないのか。津軽海峡だけを海底ケーブルにする、なぜそうしないのだというのがそもそもの私の問題意識である。30kmしかない海峡を挟んで隣り合う北海道と本州を、なぜ800km海底ケーブルでつなぐのか。費用対効果、技術リスク、100年の計として肯定できるか、将来のお荷物にならないかということだ。ところが報告書には陸上案はこれこれしかじかの理由で捨てたということは一言も書いてない。だからこれは検討されたのではなくて、最初から計画ありきで、これでやろうということではなかったのだろうか。
 800kmの海底ケーブル計画を進めることによる副作用も、私は懸念せざるを得ない。本来陸上でなすべき系統計画が滞るのではないかということだ。現在の系統は言ってみれば昭和・平成ベストミックスのままだ。火原(火力と原子力)が主で水が従だった。もうひとつは9電力がそれぞれ社内で需給バランスを取る自己完結の系統だった。言葉を変えれば電力会社間連系は細い線のままで、あるいは太い線があったとしても潮流はほとんど流さないという前提で、昭和、平成とやってきた。それに北海道内の系統がそもそも弱い。北海道東北間も老朽設備を抱えている。東北・東京の間も連系が弱い。どれをとっても陸上の基幹系統が全然弱くて抜本強化すべきなのに、残念ながらベストミックスがすっかり変わってしまった今も、全然進まなかった。言い換えれば発送分離、市場化そのほかいろんな電力の経営環境の激変の中で埋没し、系統の方のケアがほとんど進まなかったと言っても過言ではないと思う。
 令和のベストミックスは、なんといっても風力と太陽光の電力系統への組込みだ。北海道の系統を例にとる。北海道は道央から道西(函館方面)にかけての面積が全体の4分の1だが、そこに負荷も発電も80%集まっている。普通の時の負荷容量は300万kWくらいである。ところが風力は宗谷岬、北の方、それから根室のほうに潜在ポイントがある。そこに同程度の風力発電所ができたらどうなるか。このたび北端の宗谷丘陵にユーラスエナジーが54万kW大風力発電設備を作った。ところが送電線がない。そこで名寄のそばまで、超高圧187kV、約51km、鉄塔174本の並行2回線送電線を建設した。道央の系統には54万kWがつながり、そのままでは電力負荷が急増する朝の時間帯にそれが何らかの理由で脱落したら系統崩壊するから、とてつもない大容量の蓄電池とスタットコン(STATCOM)という装置を新設した。
 令和のベストミックスは変わった。自己完結型の電力会社の時代ではなくなった。だから電力系統も変わらなくてはならないというのがOCCTOの広域系統整備委員会の検討だと思う。どのように変わるべきかは、昭和63年に資源エネルギー庁が中心になり、関根先生が委員長になって進めた「直流送電と系統問題」の検討時と同様に、衆知を集めた体制で検討をするべきだ。私は以上に述べてきたように800kmHVDC計画には看過できないリスクがあり、そのリスクを最小化するためには、北海道内の陸上をDCで通す(道央AC系をほぼバイパスする)ことによって北海道のAC系統に与える脅威を回避し、津軽海峡30kmを海底ケーブルで通過して、東北地方も陸上600kmをDCで通して東北のAC系統への悪影響を回避しつつ、東京電力の北縁の系統まで持ってきてACの系統に接続する案が今後100年を見据えたとき、最良の案になるのではないかと考えている。並行して北海道と東北の需要喚起が必要なことは言うまでもない。

 

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<質疑(2)

Q(水本):

海底ケーブルと光通信技術ではあまりたいへんだという話はないが、、、電気ならでは、があるのか。

A(長谷):

通信の場合は光通信だから、電力ケーブルに比べて軽く絶縁問題も軽微で敷設・修理の難易度が格段に小さい。複数ルートの確保も容易で、1ルートが途絶したときに別ルートを使う対応も可能である。今回の電力ケーブル問題では同じようにはいかない。それに、陸上があるのに、なぜ環境条件が劣悪な日本海の海底を通すのかという問題もある。

Q(水本):

技術的にケーブルを作ることが難しいとのことだが、それはビジネスチャンスでもあるということではないか。

A(長谷):

それはそうかもしれないが、私は技術的に難しいとばかり言っているのではない。ポイントはリスクだ。リクスは長さに比例する。いったん事故になればその線路を放棄することになる。それだけでなく北海道の風力会社は電気を送れなくなるので倒産するのではないか。東京電力は突然大電力を失うことになる。それを切れ目なく避けようとすれば、2ルート、3ルートにしなければ仕方がない。

Q(水本):

私の講演の中でも言ったが、再エネを無駄にしているとのバッシングを受ける中で何が何でもやらなければとの発想がある。今は北海道にデータセンターを作るとか九州に半導体工場を作るとか、地産地消の動きを進めれば、このような連系線は作らなくてもよいのではないか。

A(長谷):

それはまことに正論だと思う。半導体工場を北海道に持ってゆく。これは東京電力の岡本さんなんかも言っておられる。ぜひそうあってほしい。だがそれをやっても全部解決とはいかない。2メガワットとか数メガワットの関東の企業をあっちにもっていってしまうということはなかなかできない。でもそういう発想はものすごく重要だ。熊本あたりに半導体工場がバンバンできている。南の方は風力に変わって太陽光なのだが、その問題を解決するものすごく大きな手段。それと同じことはまた別の切り口で議論させてほしい。

Q(滝):

大来さんから直流海底ケーブルの話を聞いて、今日の読書会に参加した。この話は数年前から進んでいて、政府の審議会などを見ていれば動きはよくわかったはず。新聞でも送電線の絵は何度も何度も出ている。今年になって策定されたからと言って、今こういう話が出てくるのはとても不思議で、この間に電力会社の方とか機器メーカーの方から一言も発言がなかったとは思えない。委員会が勝手に決めることはない、必ず話を聞いている。その上で策定された案。リスクはあるのはわかるが、それを承知で決めたのではないか。違うか。

A(長谷):

そうかもしれないが、電力会社やケーブルメーカーは、意見くらいは求められたかもしれないが、本当に参画されたかどうかはわからない。何よりも陸上案がだめだという説明なしで、これだけリスクの大きい、投資効果のハンディキャップもある案を、、、

Q(滝):

陸上案が放棄されたとは思っていないが、2050年にカーボンニュートラル、2030年に46%削減ということをやるための努力は、バッシングかどうかは別にして、国是になっている。そのためには陸上でいったのではとても間に合わないという現実があるので、これを考えたのだと思う。時間的な制約があったのですよ、これには。100年後ではなく20年後に何とかしなければならない。

C(長井):

ものすごく単純なコメント。私は材料やで電気ではないが、材料というのは使い始めた途端に劣化が始まるというのが鉄則なので、今日の話は材料屋からすると当然の話として伺った。

大来:

議論が生煮えで残念ではあるが、今日は貴重な情報交換がある程度はできたと思う。お集まりいただいてありがとうございました。

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